熊本在住の霊能者・濱崎祥艶が霊視、占いによるカウンセリングをいたします。あなたの悩みや問題を一緒に解決していきましょう。

プロフィール

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プロフィール

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生年月日 196✿年6月生まれ
所在地 熊本市中央区水前寺
趣味 ちょちょっと簡単料理、ガーデニング、読書
特技 書道5段、JKC福岡中央役員
座右の銘 人事を尽くして天命を聴す

天命を待つは間違いです。「聴く」です。やるだけの努力をして、あとは天命「神の采配」にお任せをする。そのお役目が霊能者だとつくづく思います。

龍神様にお仕えして18年目になりました161031_2

私は小さい時から霊媒体質で、時々変なことを言ったり、気味の悪い事を口にしていました。母はそんな私をとても嫌がりましたので、次第に口を閉ざすようになりました。

昭和56年6月に結婚。まもなく第一児を妊娠し、その年の暮れのことでした。なんだろう!何だろう!・・・おかしい、何かある・・胸騒ぎがします。

封じ込めていたパンドラの箱を少し開ける様に、永く閉じていたものが・・霊感が顕れたのです。それは、主人の実家である長崎をうっすらと思わせるのです。

何の胸騒ぎかもわからず、誰かに伝えなければという気だけが走ります。仕事中の主人に電話を入れて、お腹の子どもと二人でフェリーに乗り、長崎へ向かいました。

「妊娠で気持ちが疲れているのだろう、ちょっと飲んで、ゆっくり休んだら、」突然来た嫁の私に、長崎の両親はポートワインを出して暖かく迎えてくれました。昨日の事のように覚えています。

女性の体や心、まして第六感といわる感は、月、潮の満ち引き、妊娠にとても関係あるのだと思ったのもこの時でした。

それから、年明けてすぐに、大きな不幸があったと長崎から電話がありました。「こんな悲しみ、災難を予感しても悲しい。虚しい。こんな霊感は必要ない。」とまた、封印することにしました。

月日が経ち、長男が東京の予備校に通っている頃から、不思議な事が毎日起こるようになりました。今の霊感を人のために使うようにあちこちと動かされます。

たとえば、早朝、渋谷の道玄坂を歩いているときのことです。当時乗っている車を手放すように、、という(言葉・詞)が降りてくるのです。・・・急いで出勤したばかりの主人に電話すると、唖然としていました。毎日降りてくる詞に振り回され、疲れ果てていました。

霊能者になりたい、人を助ける事をしたいなど、全く思いもしていませんでしたが、上衣を頂いたり、祓串を作って頂いたりと、今までの生活がひっくりかえされる現象が次々と起こりました。身も心もついていけけず、何度泣いたでしょうか。

よくわからないけれど、動きなさいと言う事だろう、やるだけやっってみるか、と、手探りでホームページをつくりだしました。今思うと、龍神系の霊能者である事など行動を起こすたびに、詞や映像(霊視)で視せられておりました。

当初は、ご相談を聞いて、何度も霊視をし、書き出して、喫茶店でお会いして、鑑定をしていました。当時の鑑定料は3千円。

しかし、鑑定料が安いと私がお伝えすることが、どこか参考程度に思われ、真剣に聞いてはいただけないことも多かったのです。とても、疲れて、手応えのない時間が過ぎていきました。

相当考えた末に、本気でお困りの方だけ、龍神様の力をお借りして、二人三脚で望みを叶えられるよう導き、開運に結びつけようと、私の指針が固まりました。敷居を高くしてでも、それでもご縁のある方はいらっしゃいます。

詳しくは、祥艶ブログをお読みください。

過去までさかのぼり読んでいただきますと、お恥ずかしいところもございますが、私の人となりが、おわかりになると思います。

濱崎祥艶 拝

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